2015年5月30日土曜日

牧之原市市役所福祉課のN君の携帯に、

牧之原市市役所福祉課のN君の携帯に、昨日から何度か電話をしているのに返信無し。
今回の用件は「ちょっとした確認事項」だけだからいいけど、
これがもし、心臓発作の緊急電話だったら、どうなるかわかってんのかな?
場合によっては過失による殺人を問われるのがこいつはまだ理解できんのか?
とにかくここ最近、田舎の人も危機感の足りなさには驚かされている。
いや、田舎ではなく、静岡の【暢気な土地柄の人】と言ったほうがイイかな。
具体的な話は敢えて【はしょる】けど、
目の前で狭心症患者が倒れて、救急車を呼んだにも拘らず、まだ事を理解出来ない人がいる。
僕はもうこの症状と二年以上絵付き合ってるので、
この状態は「危機的なもの」とか「単なる血圧上昇」とかある程度の判断はできるが、
他人様からは安易に判断できないことがあり、
しかしそれでも【彼ら】は目の前の患者をテレビドラマのワンシーンのように眺めて何もしない。
静岡は呑気でいいトコなんだけど、こと危機に関しては無警戒。
北国の人のように年に何ヶ月は【死を意識して生活する人】たちとは違い、
最悪の場合に直面してもそれを現実と理解するに遅過ぎる人が多い。
特に市役所、警察等の連中が現実を直視できないので疲れる。

禁煙治療を始めて約二ヶ月。

禁煙治療を始めて約二ヶ月。
現在、まったく吸いたい気持ちがない。
でも【いらっ】とすると吸いたくなる。


禁煙治療を薦めてくれた心臓内科の先生は、
「結局、本気で止めたいと本人が思わなくては・・・」というアドバイスを添え、担当医師を紹介してくれた。
タバコのニコチンに強い体質であれば、「どうぞご自由にお吸いください」
と思うし、他人の嗜好まで口出すつもりはない。
若い頃、禁煙に成功した先輩諸氏が、やたら人のタバコの煙を「臭い」「臭い」といい、
「如何に僕ちゃんは禁煙に成功したか」を語るに及んでは腹立たしさを超え、殺意的な感情すら湧き上がった。
しかし今の僕の場合、禁煙とダイエット、そして減塩減糖は【生きるための試練】なんで、屁理屈を言っていても仕方がない。
ってか、禁煙を成功したと自慢する人が他人の煙を臭いと連呼するのは、もしかしたら本当は禁煙は成功していないのかもしれない。
タバコの香りで脳内に定着した【ニコチンを摂取したがる作用】が発動し、表層心理がそれを打ち消すために「臭い」といっているに過ぎないのではないか?
確かに無神経にタバコを吸うのは迷惑行為だが、
自分がタバコを吸いたくならないように他人のタバコを批判するのも、
これまた、実に自分勝手な迷惑行為。
タバコにしろ、アルコールにしろ、ギャンブルにしろ、
あくまで本人の生活が狂わない限り、「それをする自由」があるのである。
増駄堂の場合はこのままタバコを吸ってたら半年後には確実に死んじゃってたので止めたに過ぎない。


2015年5月29日金曜日

素人百姓を始めてこの一年間、

素人百姓を始めてこの一年間、とにかく【雑草とは何なんだろう】という事をよく考えている。
普通の価値観でいえば雑草とは【厄介なもの】として考えられているが、この地球では雑草すら生えない土地がかなりの面積を占めている。
とするならば、コンクリートすら割って伸びてくる日本の雑草は、
「物凄くありがたい存在なのではないか?」と、僕は考えるようになっている。
砂地の畑といってもほっとけば元気に雑草は伸びてくる。
しかし海岸線の【塩をくった砂地】にはまったくといっていいくらい植物は育たない。
うちの畑も50cmも掘り起こすと
まだ塩分が抜けきれていない砂が出てくる。
塩が含まれた砂を山にしておき、何日か雨にさらすとポツリポツリと発育の悪い雑草が生えてくる。
最初、その様子を見た時は「また雑草をのかにゃならんのか」とうんざりもしたが、よくよく考えると雑草が砂に絡まった塩も栄養素と勘違いして吸い上げてくれてるのでは?
と仮説をたてたら、
「ああ、なるほど」といろんな疑問が一気に溶け(解け)出した。
我われが大雑把に雑草と呼んでいるものはあらゆるものを栄養素として育つ。
そう考えると、たくさんの種類の雑草が生え、
そこにミミズやダンゴ虫が群生していたら、
「畑として活用できる」と判断できる。
ただし雑草は生命力が強いために表面だけを刈り取ってもまた伸びてきてしまう。
だからその場所を畑として使用したいのであれば、【根っこ】の部分は丁寧に抜き取る必要がある。
大方の日本人であれば【草刈】の体験はあると思うが、では「どうして草むしりは大変なのか」を考えると、
それは粘着質の土とそれに混じった小石が雑草の根元に絡んでいるにほかならない。
しかし砂地の場合、根元の砂が固形化していないので小石に絡んでいなければ
笑ってしまうほど簡単に草が抜ける。
だったらもっと簡単に砂を抜くにはどうすればいいかというと、砂地に混ざっている【一定の大きさの石】を取り除いてやればいい。
今現在増駄堂がやっている作業はこの【小石抜き】なんだけど、これがなかなかの手間である。
というのも、小石を抜くために雑草の根まで排除しちゃうと【またもとの何も育たない砂地】に戻っちゃうわけで、
だから小石を抜く作業と平行して、砂を土化する為に、石灰と鶏糞を同時に混ぜ込んでいる。
機械を使えば簡単な作業だけど、増駄堂にはそんな予算はない。
予算がないから身近なものを利用して手作業でやっている。
最初は「こんな方法、正しいんだろうか?」と自分で考えておきながら物凄く疑問を持ってたんだけど、
この作業で作った【畑】はやはり野菜の育ちがいい。
一定の結果を得れば、後はいろいろ工夫していけばいいので、
作業効率は確実にアップする。
そういえば昭和天皇が「雑草という草はない」という言葉を残しているが、それを最初に耳にした高校時代、言ってる意味がわからなかった。
しかしこうして一本一本の雑草をてで抜く生活をしていると、確かに雑草という草は無いと実感する。

2015年5月17日日曜日

あることがあり、法務省の

あることがあり、法務省の人権関係のメッセージボックスにTel付の書き込みをする。
三日後、京都の人権関連の団体から電話。
「いや、僕としては、今の問題を法務省は法的にどう返答するか」を法務省に問い合わせたかったのに。。。

ま、一応、法務省推薦の人権団体の人がお話してくれると言うので、こっちの事情を説明したんだけど、
その返答がまったく戦闘能力ゼロ。

具体的なことを書く事はできないんだけど、つまりはその人権家さんのおっしゃるのは、
「先のことは考えず、目の前から逃げちゃえ」ってアドバイス。

そりゃ、健康な肉体を持ってるとか、
生活にある程度のゆとりがあるなら、
「問題に対しては一時退散」もありえるが、僕は特殊な形の狭心症で、ストレスというものが死に追いやることもある身。
目の前の問題の根本を解決しなければ、そのツケは後で確実に来る。
「明日酸素が吸えるから、今日は吸わなくていい」
ってことにゃならんでしょ^^

ってか、僕はその京都の人権関係の人のアドバイスを聞いて、物凄いストレス感じちゃったんだけど、
きっと本人はそのことに気づいてないんだろうな。。。。

しかし【正面の問題】に真面目に向き合えない人が人権関係の相談に答えるとか、
いったい何を考えてんだろう?

市役所の福祉課の人といい、法務省といい、人権団体といい、
綺麗事は言うが、まったく具体的な対策案を示さない。
呆れ果ててしまうが、これが今の日本の【人権】の実態なんだろうね。

2015年5月14日木曜日

普通、心臓が【悪い】というと、

この数日、リアルにとんでもないトラブルが立て続けに発生して、その内容があまりにも生々しいのでツイッターにも書けず、過ごしてた。
狭心症という症状はこの10年で発見されやすくなり、簡単なカテーテル検査を経て、患部に問題があれば血管の中にステンレスを入れ、翌日には退院。
あとは日常の生活を改めて暴飲暴食を避け、健康な毎日を送れば普通に仕事も出来、寿命まで生きれる。
ところが僕の場合、一度に二本の血管が詰まり、その一本が心臓の中心部に近いメインの奴がつまり、なおかつそり血管は他人のものの倍あるという異常事態。
普通、心臓が【悪い】というと、
「心臓が弱い」とイメージするわけだけど、僕の場合は血管が詰まったこと以外、心臓の機能自体は強いのである。
どういう事かというと、
「血管さえ詰まらせなければ健常者以外に健康」であり、しかしそれが逆に僕の命を脅かしいてるのだ。
強い心臓で他人より血管か太いということは、たとえるなら「最近の広めに作られている有料高速道路」みたいなもので、
にも係わらず「一箇所だけが事故渋滞」している感じ。
だから、渋滞箇所に負担をかけないように無理せず体を使えば普通に暮らせる。
…んだけど、
ちょっとしたストレスがかかると途端に血管が収縮し、だけど血液そのものはいつものペースで体の中を駆け巡っているので血圧が急上昇し、心臓に埋められたステンのところで下水が海や川に放出されるようなああいう勢いの状態になっちゃう。
僕の症状の場合、歩いているより立ち止まるほうが体に負担をかけるという事。
どういうことかというと、歩いているとある程度安定して血液が体の中を回るんだけど、
急に止まるとその血液が回る勢いのまま、血管に負荷をかける。
んでどういう時にこの状態に遭遇するかといえば買い物をしている時なんだよね。
ショッピングってのはストレス解消に実に役立つし、店内を歩くのは楽しいし、健康維持にも役立つ。
しかしレジに並んだ瞬間、体が突然つらくなる。
最近は無理をしてレジ前で立って待つのではなく、
「悪いね、心臓悪いから」と、
自己申告し、かがんじゃうんだよね。
以前は「いきなり心臓悪いといわれたら、相手がビビるだろう」と気を使っていたが、
よく考えたら「いきなりレジ前で倒れるほうがもっと失礼」と気づき、そう言うようにしている。
相手の反応も様々なんだけど、
相手の様子を見ていると「仕事の内容を理解している人は、いきなりの言葉を素直に聞き入れてくれる」らしい。
表面上、どんなに素敵な営業笑顔をしていても、「心臓が悪い」という意味が理解できず、また、人によっては迷惑そうな顔をする奴もいる。
まあ、買い物とか、「自分からサービスを求める環境」の場合、相手の無理解も仕方のないことと思うが、
これが役所、警察等々の【本来、人の命を守る立場の人】が病気に対しての無理解を示すともうどうしようもないストレスを感じる。
このストレスが単なる【不愉快】で終わればいいんだけど、確実に体に異変をもたらし、相当なダメージを受けてしまう。
細かい具体的な話は【はしょる】として、
つまりはここ最近、この【本来、もっとも理解すべき人たち】があまりにも無神経で差別的で無責任かに何度も遭遇し、愕然としているところ。。。