2013年3月20日水曜日

大きな目


ケント紙A4、スプーンペン、タナーポスターからで仕上げたイラスト。

今朝、原画をチェックしたら紙がかなり疲れていた。
やはり事務用ケント紙は耐久性に弱い。

これを描いていた当時は【作品を残す】ことにあまり拘っていなかったけど、今考えると勿体ない。
使用する紙を水彩画用高級紙に変えてからはケント紙を使えなくなった。
一度いいものを使うと前に戻れない。

デジタル保存というのは「描いた時のまま」をデータ的に記録してくれるので、そういう意味ではありがたい。



見つめる目


やっと自分のタッチというか、他にはない【形】を見つけ出した頃の作品。
まだ当時は高級紙を使うという頭はなく、事務用品屋でケント紙を買い、それに作画したもの。

ここに辿り着くまで30数年かかっている。
天才でないから仕方がない。
凡才が自分なりの作品を手にするまではそれなりの時間がかかる。

絵の才能とは大別すると、
「いきなり巧い人」と「修練を重ね上手くなっていく人」の二種類がある。

僕は明らかに後者の方だ。
しかし生まれながらに独特の線を引く才能はあったらしい。
子供の頃から「いい線を引く」といろいろな人に言われた。

最初は素直に喜んでいたが、新春気に入ると、それは単なるリップサービスと思うようになり、
逆に自分の引く線にcomplex(コンプレックス)を持つ。

やっと自分の線に何かの才能があると理解したのはつい最近あり、
バカな話だがそんな大切な事に気が付くのに半世紀近くかかっている。

だけどもし十代の頃から自分の才能を過信し、調子に乗って商業的イラストの世界に向かったら、
今頃自分は人間として行き詰まっていたと思う。

何を血迷ってか、役者の真似事をしたり、映画界の末席にいたことが、今の美人画の基礎を育んでいたのだから人生、何が何だかわからない。

そもそも高校時代、漫画家の道をあきらめる一つの原因は「魅力的な女性キャラ」を描けなかった事なんだよね。
ところが今では女性しか描けなくなっちゃって、男を描くのはキャラクターものだけ。

この頃はまだ、思うような【手】を描けなかったんで、腕無しの女性になっちゃった。
バックに描いた「鳥のようなもの」は我ながらいい感じになっていると思う。


おフクロウ


いろんな形が集まって別の形を表わす。
僕はそういう絵をよく描くんだけど、これもやっぱり江戸期に流行った浮世絵の影響なんだよね。

浮世絵といっても色んなジャンルがあって、美人画、風景画、風物詩、庶民の姿、妖怪もの、幽霊もの、そして絵師の行き着く春画。

そもそも当時、世界的にも「カラーの版画を庶民が娯楽の為に購入できる」というのは画期的なことで、
まして春画というエロイラストをアートの世界まで高めておきながら、それを芸術として販売しなかったこの浮世絵文化ってのは、やはり感嘆に値する。

浮世絵には「不思議画」と呼ぶべきジャンルが存在していて、「よく見ると××」ってのがある。
その中で、たくさんの人がひとりの顔を形成している作品があって、僕は結構その絵に影響されているようで、
あの絵が芸術的にどのくらい価値があるかは分らないが、人のイマジネーションを刺激するには十分のチカラがあると思う。


何故フクロウなのか?
まったく記憶していないが、きっと当時、フクロウを描きたかったのだろう。 

原画は北海道に一時住んでいた時、アルバイト先の道産子にあげちゃった。
額もつけず作品だけをプレゼントしてしまったんだけど、A3サイズのイラストだったので、きっとちゃんと管理できてないんだろうな。

面白い図案なので、また今度、描き直したい一品。


2013年3月19日火曜日

シンメ鳥




左右の鳥、およびそれに類じた太線は100円ショップでもよく売られているマジックインキ。
中央の部分のみ、愛用のスプーンペンで作画。
紙は一枚20円のケント紙。
絵具はタナーの水性ポスターカラー。

シンメトリーの図はパソを使えば簡単に出来たんだけど、敢えて物差しを使って描く。

たまにぼんやりしてしまって、右と左がちょっと違っているけどご愛嬌。

これを描いていた頃は、まだ超極薄塗りに目覚めていなかったんで、最近のものより色がはっきりしている。

どうして普通の絵の具でなくてポスターカラーを使ったかと言えば、手元にそれしかなかっただけ。

ポスターカラーって本来はフラットな色遣いに合う画材なんだけど、強引に水彩画に使うのも面白い。

一度薦められてアクリル絵の具を使った事があるけど、僕のタッチには合わなかった。

冬の仕舞い




いつも最初のイメージが的確というわけではない。
描いてて「なんか変だ」と思いながらも、何がどう変なのか分らず、
描いてる途中で、同じ構図のものをもう一枚描きだしたりして、同構図の絵が二枚存在することが僕の場合多い。

この雪女のイラストも描いてて妙な違和感があり、一度完成してから同じ絵を描いた。




どちらの作品がしっくりくるかは観てくれる人の感性に頼るしかないが、
この間、イラストPVを作る為に、改めて最初に描いた方を見直したんだけど、
今考えると最初に描いた方が「唇にリアリティー」がある。

ただやっぱり、左手前の女性の方がいまいち形がよくなく、描き直して正解だったのかなって、思ったりもする。

イラストには正解がない。

だから描いてて面白いんだけど、作画中はいろいろな迷いが生じる。


別れた妻が「どうして完成間際になって、もう一枚、同じ構図で別のイラストを描くのか」を不思議がっていたけど、
こればかりは描いてる本人もよく分らない。

しかしプロの絵描きはそんなに自信を持って絵を描いているんだろうか?

謎である。

絵を描く人にとって満足する絵など、一生に何枚あるか分らない。
そういうもんだと思う。


訪問者たち




デジタルの登場ってのは、創作の可能性を「少し広げ」てくれたわけで、しかし、みんなが言うようにそれが【革命的アイテム】とはとても思えない。

この合成写真はPhotoshopを購入してすぐの頃、作ったものと記憶しているけど、
デジタルが登場する前だったら、こんな中途半端なアングルの写真は【クズ】であり、
なにか特別の思い出が無かったら、無意味なものでしかなかった。

しかしこういう形で「別の素材」を写真に嵌め込むことで全く意味を変えてしまう。

デジタルが登場する前も、やろうと思えば手書きイラストを挟みで切り張りすれば良かったわけだけど、
アナログ作業でここまではしっくりこない。

だけどじゃあ、これはデジタルの勝利かといえば、
その前にこういう役に立たない写真にイラストを嵌め込むというアイデアがあるから成立する作品であって、
流石のコンビータも今の段階では「自ら新しいことを思いつく」などという芸当はない。

パソコンが本当の意味で【革命的進化】を遂げる時は、まさにコンビータが自らの意思を持った時であり、
今の目覚ましいネット社会の進歩も、その革命の序章の最初の方でしかない。



昭和30年代の写真を今から約30年前の高校時代に「郷土研究部」の部室で見つけ、それを約15年前にパソコンで合成したもの。

日本の風景というものは、戦争、オリンピック、万博といくつかの区切りがある。

昭和57年時点で昭和30年代の写真を見ると、当時もすでにこの昭和30年代というのは「古く懐かしい」時代であった。
『となりのトトロ』や『三丁目の夕日』で描かれているように、昭和30年代とは一つのメルヘンとして多くの人の記憶に刻まれている。

しかし、では、2013年現在においての15年前、1997年を振り返った場合、
果たしてそこまで時代の差を感じるか?

やはり昭和という時代は「恐ろしいほどの変化」で人々を翻弄させた時代であり、平成に入ると途端に時代は落ち着く。

そういえば、平成になってから平成10年代とか20年代とか、そういう区切りをしていない。
ってか、そういうもので時間を区切りづらい。


この合成写真も「なんでもない古い写真」に一枚のキャラをデジタル的に二つにして並べただけのもの。
原画のイラストは何でもない悪戯書き程度だったけど、こういう風に合成すると変な不気味さが出る。

不思議だ。


14年前の我が家の居間。
当時と今を比べるとテレビがデジタルワイドに変わった事と、窓際にパソコンが増えたことくらい。

ううん。。。
やはり昭和の時代の15年の差と、平成になってからの15年の差は何か決定的なものが違う。

しかし、まあ、考えてみたらこの20年近く、
日本は慢性的な経済的停滞期に入っているが、
ここまで「新しいものを購入しなくなった」んだから、経済が成長しなくて当然かもしれない。

経済学者は数字をいろいろこねくり回しているが、
「人は満たされれば、安定を好む」もので、
もしかしたら今の経済停滞期は人類としては実に幸せな状態なのかもしれない。



アムステルダム在住の書道家さんの飼ってる犬。
ネット社会が定着してありがたいのは、こういう写真を見た時、撮影した人も同時に知り合えるところ。

一見何でもない合成なんだけど、嵌め込んだイラストの【影】の付け方がポイント。

難しいそうな合成って、実は「誤魔化す」ポイントが多いんだけど、
この手の合成はその誤魔化せるポイントが実に限られている。

この作品は、作者として結構お気に入りなのであります。

2013年3月18日月曜日

イラストを嵌め込む


以前、楽天ブログをメインに使っていた頃、風景写真と自分のキャラを合成することに嵌っとりました。

絵を描く人って、とかく「自分の世界に浸り切り」になるので、
出来るだけマンネリ化しない為にも、外部からの公家切手必要と思うんです。



プロデビューした絵描き(漫画家、イラストレーター等々)の作品がバラエティーに富むのも「担当」って人の存在も大きく、
作品に対して別の視点や注文があった方が、世界観は広くなる。

他人のブログにあった「ちょっと気になる写真」に、本人の了承を得て合成すると、けっこうな緊張感が生まれるもので、かなり絵の【修行】になりました。

黒い悪魔キャラは実は北海道在住のイラストレーターの方のもので、これも本人の許可を得て使いました。



何かと色んなことで有名になった旭山動物園の熊さんと悪魔さんと自前キャラの競演。
実に初歩的なデジタル合成なんですが、お気に入り@マークです。



同じく旭山動物園のペンギンさんたち。
僕が巷に溢れる写真を見た時、こういった感じで「頭の中でデジタル合成」してんですよ。



これは中東のどっかの国で撮影した写真。
どこのだれがこの店主に「うまいっす」と教えたのか?
想像するだに楽しいです。

少女



A4ケント紙に描いたもの。
どうやったら、こういう色合いが出るかといえば、水性絵具を塗って乾いたら水道でじゃばじゃば洗い落とす。
安価な画用紙では紙がよれちゃうけど、迂闊に角を触ると痛いくらい丈夫な紙なら大丈夫。
ちゃんと紙を水張りしてないと紙がベカベカになる。

黒いインクの上に色を塗ると、どうしても黒インクのまっ黒さが殺されちゃうんで、黒を強調したい時は特に何度も絵具を洗い流し、インクを塗り直す。

デジタル処理を前提に描いていたらこんなくだらない手間など考えもしなかったが、
あくまで原画が【作品】と考えると、観る人が「どうやって描いたんだ」と思うくらい、なんかちょっとしたハプニングが欲しい。

90年代半ばからよく言われるのは、
原画をパッと見て「パソコンで描いたの?」って言葉。

デジタルを使えば何でも出来るという発想そのものが大間違いなんだけど、「手描き」と答えると相手の反応が面白い。

2013年3月17日日曜日

点描で成立する美女



1994、5年くらいに描いたもの。
当時、高校時代からやめていた絵を再開し始めたころで「線」というものに物凄いコンプレックスを持っていた。

日本ではコンプレックスというと【劣等感】と理解されるが、そうではなく、
まあ、細かい言葉の説明はwikiのcomplexの欄を見て頂くとして。。。。

とにかく自分の火苦戦を何とか変えたかった。

別に下手な線だから捨て去りたいという気持ちではなく、
いや寧ろ、子供の頃から今に至るまでいろいろな人に褒めて貰える【得意技】の一つなんだけど、それを捨てたかった。

もっと違う線を引きたくて二年近くひたすら点描というテクニックに没頭し、徹底的に自分の線を否定してみた。

これはそんな頃の作品。

これを描く以前は、基本的に美人画を描けなかったんだけど、どういう具合で間違ったのか、
これを描いた以降、男の絵というものを描いたためしがない。

「この絵のテーマは何?」としたり顔で聞く人にたまに出会うけど、
そんなご大層なテーマなんてものを考えている余裕など描き手にはなく、
ただひたすら思いつく形を紙に描き写しているだけ。

後で振り返れば、確かにこのころ色んなことを考えていたみたいだけど、
そんなもんは描き手の勝手であり、観た人が絵の意味を考えればいい。


軽くデジタル処理。

本当は絵具でこういう感じにしたかったけど、それはなかなか難しい。

こういう時、デジタルがあって良かったと思う。

しかしデジタル修正しても、なんか、こう、描いたって満足感がない。

まあ、それも描き手の勝手な考え。

作品の出来不出来は観る人が決めればイイ。


零れ日




デジタル処理をしてあるので、あたかも複数のイラストを合成したように見えるけど、あくまで原画は一枚。

以前、何枚かのイラストを合成すれば、簡単に一枚のイラストが出来るんでは?と短絡的に考え、Photoshopを購入してすぐにいろいろ挑戦してみたけど、
なかなか理屈通りにはいかないねぇ。。。。

そういえば赤塚不二夫氏が「おそ松くん」で人気を得た際、
同じ顔を何枚も描くのが面倒になってコピーで済ませようとしたら、
「コピーで絵のサイズを合わせる方が難しかった」と語っていた。

まっ、そんなもんである。


一見、機械が進歩すれば機械に任せた方が楽だと人は思うけど、
どうしても機械で代用できないことが世の中にはある。

左右対処のイラストを描こうと、一枚の原画をデジタルで反転させても、なんかしっくりこない。
面白いことに、数値的に左右対称の図柄より、人の手によるあまり正確でない左右対称の方が目には心地よかったりする。

考えてみたら、パソコンは単に命令されたことをデジタル的に再現しただけであり、本人が美意識で形を整えるわけじゃない。
絵を描くのはあくまで人間。
そしてそれを鑑賞するのも人間。

どうも最近、そこら辺を忘れている人が多くて困る。

2013年3月16日土曜日

【Masuda-DO】和の響き、そして恵み【Illustration PV】




増駄堂オリジナルイラストPVの完成。
2010年秋にも一度作ったんだけど、あれは政治系動画をる際、編集ソフトの動作確認の為に作った、いわば副産物。
しかし今回は最初からプロモを意識して作りました。

三十代後半、自分の描く絵は「日本人の呪縛から逃げられない」と感じ、
それがイイとか、悪いとかという問題ではなく、
「そういうものなのだ」と深く自覚したことを覚えています。

よってプロモーションビデオのBGMはやっぱり和風。
最初は著作権切れのクラッシックを使おうと思ったんですが、西洋集団音楽は大げさすぎて、どうも僕の絵と釣り合わない。
最近のPOPな音楽もいいけど、何しろここ数年で著作権事情が大きく変わり、
法律そのものの改正は微笑でも、巷の解釈がかなり変わった。

以前ならばMADに使う音楽も「まあまあ、ご愛嬌」で済んだけど、これからはどういうペナルティーが増えるか分らない。

今回使った音源にもちゃんと著作権は存在しているけど、ここら辺は大目に見てやって下さい。
youtubeから警告が出た場合は、改めて考え直すとして、、、


まあ、今回の動画は見て貰うしかない。

何時も作っている政治系動画と違い、素材のほとんどがオリジナルイラストなので、
こういうものは作者がとやかく言うもんじゃない。

まあ、出来たら、携帯端末でイヤホンをしながら、外でご覧頂けると嬉しいです。
都会の雑踏の中で「小さなモニターから輪を感じる」ってのは、今回の動画のコンセプトの一つです。


演奏
和太鼓ユニット『無限-MUGEN-』(花原京正、花原秀正、古里祐一郎)
三味線じょんから(新節)/(初代)高橋 竹山

Original PV⇒http://youtu.be/hE6pwWZKBwQ
"MUGEN" Japanese drum unit
"Takeyama Takahashi" shamisen performance

2013年3月14日木曜日

うっふん


うっふんである。

PCのモニターで見るとデッサンが狂いまくっているのがモロバレだけど、
原画で見るとほとんどの人はピンクの乳首に目がいってしまって、型が狂っているとは気がけつない。
おっぱい様様である。

女性のおっぱいとは不思議なもので、
あれは男性が好むものかと思えば、実は女性にとって形のイイおっぱいは憧れなのである。

男性の場合、特に異性関係がある人の場合、とおっぱいは別のイメージでいろんな事を想像しちゃうんだけど、
女性の場合、同性の胸に対しての思いは半端ではない。

男も筋肉の付いた、整った体型をした同性には一種の憧れを持つが、
女が女のおっぱいを見る時、もっと別の感覚を持つのではないか?

こういう明け透けなイラストを風景画を見てもらうように普通に差し出すので、
女の人は結構本音っぽいことをポロリと言ったりする。


忍者ブログ用に作ったヘッダー用データ。
今現在、テンプレートの癖が掴めず、うまく嵌め込めずに放置している。

そもそも英語が苦手、いや、あのローマ字が苦手な僕にはタグというものが気持ちの悪い文字の配列にしか見えず、
普段なら普通に読める英単語すら呪文と化して読めなくなる。

かなり高度な合成動画や緻密なイラストをPCで作るので、
多くの人は「滅茶苦茶パソに詳しい人」と誤解するが、本人としてはもう必死でデジタルと戦っているだけで、
下手をすれば今時の中学生の方がキータッチは早いし、正確だし、初歩的なHTMLとか俺より知ってんじゃねぇか?

ただ僕の強さは何かと言えば、追いつめられると「なんとかその形に持っていってしまえる」という技があることである。

物事には必ずツボというものがあり、そのツボ(切欠)さえ見つければ、あとは簡単なその謎は解けるのである。
僕はそのツボを自力で探し出すのが好きで、かなり長時間悩みはしても、いずれは解決の道に辿り着く。

まっ、逆に言えばそう信じ込んでいるだけで、
実際はムリクリなんだけどね^^


原画の白黒バージョン。
彩色する前にスキャンして保存しておいたもの。
つまりはこの状態での原画は存在しない。

デジタル時代になってありがたいのは、こういう保存の仕方が出来るようになってから、表現の幅が増えたという事。
人によってはこの色を塗っていないバージョンの方が好きという。

何故なら、色がない分、想像力が湧くというのだ。


今は昔と違って、
一枚の原画で作者自身が二次創作できる時代。
ヘッダー用に加工したイラストは、他人がやれば完全な二次創作ですからね。
(別に本人がやっても二次創作なんだけど。。。)

函館電車


函館の路面電車はたまに変な生物が運転しているという。
こうやって証拠写真もあるのだから、間違いはないのであろう。

しかし地元住民はこの異常事態をどうして放置しているのか?
道産子の考えている事はいまいち理解出来ない。

えいどりあぁ~んっ!!

中学二年の時、焼津の三番館で観た『ロッキー』。
フィルムがもうボロボロになっていて、途中でプッツンぷっつん、カットが飛ぶわ、シーンは途切れるわの、めちゃくちゃな上映だったんだけど、普通に感動した。いたく感動した。

1970年代中盤あたりは、ビデオデッキがどの家庭の居間にも当たり前の様に鎮座するなんて考えもしなかった時代。
当然、映画を観るには映画館。
テレビで日本語を喋る洋画は洋画であって洋画でなかったと信じていた。

映画のフィルムは最初、製作会社や配給会社の直営館で上映され、次に弐番館といって「新作落ち」をした映画がかかる小屋に降格。
そして最後に、ほとんどクズフィルムと化した映画が地方の三番館に都落ちし、それでもしっかりフィルムの寿命が尽きるまで上映されるんだけど、今やデジタル時代であって、フィルムの劣化というものが無くなってしまった。


僕は『ロッキー』という映画をヤクザや不良がたむろする焼津の映画館で見た事は実にラッキーだと思った。
こういう作品は上品な劇場で見てもリアリズムに掛け、
やはりロッキー=バルボアが住んでいそうな街の劇場で観るに限る。
『仁義なき戦い』を新宿の劇場で観た時も、別のリアリティーが劇場内に存在していた。

かつて映画とは映画館でかかるものすべての作品を映画と呼んだが、
今は時々、テレビのスペシャル版を普通に劇場で上映している。

70年代、しょうもないプログラムピクチャでも、劇場にかかる限りは作品に映画の匂いがしたものだ。
松竹あたりも寅さん人気を利用して【小品】的作品を80年初頭まで量産していたが、武田鉄矢の主演する泥臭い映画などは結構僕は好きだった。


そういえば、ロッキーという作品もシリーズ化が進むうちにどんどんつまんなくなっちゃったけど、そもそもが最初の一本目が「これが最後の晴れ舞台」って設定だったからな。
パート2を高校になって、静岡の有楽座で観たけど、ボクサーとしての成功に胡坐をかいているロッキーには本当にがっかりしたものな。
でも、意外にスタローンの映画監督センスが良くって、関心もした。
だけどやっぱり、
僕にとっては一作目だね。

バスター

busterって、つまりは「凄いぞ」とか、感嘆を表す言葉でもあるんだけど、バスター・キートンは子供の頃から舞台に立ち、今では考えられないほど【児童虐待】に近い体技を求められてたわけだけど、ある日、本番中に事故があってもケロリとしていたキートン少年を「バスターっ!!」と賞賛したのが、この芸名の由来らしい。

当時の言葉で言うなら「あっぱれキートン」という芸名のようなものなんだけど、無声映画時代に人気を取ったキートンは劇中で大道具を利用してのアクションを披露し続け、別の意味のbuster(壊し屋)になっちゃった。

70年代中盤、NHKで午後9時40分からキートンの短編映画をフランキー堺の名調子で放送してたことがあるけど、小学生の僕にはこのキートンってのが不気味で仕方がなかった。
とにかく何があっても笑わない。
仮面のように動かない表情。
そもそもストーリーの設定がいつも変で、ありえない家とか、嵐とか、悪夢が日常の中にひょっこり現れたというか、はっきり言ってあのシュールさはついていけなかった。

1910年~20年の無声映画の人気者といえば、キートン、チャップリン、ロイドであるが、個人的にはあのロイドの普通っぽさが今でも結構気に入っている。
小学中学と陶酔したのはチャップリンではあるが、今思えば、チャップリンのヒューマニズムを理解していたふりをする【自分】に酔っていたのかもしれない。


このイラストはチャップリンの『ライムライト』でのひとコマ。
皮肉なことにこの映画の主人公はラストの舞台シーンで、まさにバスターな演技をかまし死んでいくのだが、チャップリンの最後の名作にキートンが参加したのも、いわゆるバスターなことである。

怪しい屋台



以前、ネット検索をしていて、台湾の屋台の写真があり、ちょこっと合成。

ふと考えると「屋台文化」の起源はどこにあるんだろう?
江戸期の物売りは基本的に天秤棒を担いで売り歩いた。
蕎麦やテンプラ、寿司の露店販売も天秤の形で売り場を持ち歩いていたわけで、
当時の露店販売業者は相当、肩に力があったらしい。

【タイヤ】という概念が当時なかった訳ではない。
平安期の巻物には既に牛車とか、巨大な車をつけた乗り物が描かれている。

「タイヤがあれば便利」という事を知っていながら、日本人は長い間、
「肩で物を担ぐ」という事で文化を発展させてきた。

まあ、どの時期か知らないが偉い人が「車に荷物を乗せてはあいならん」とご法度を決めたわけだが、
当時はアスファルトもコンクリートもなかった時代、
またタイヤの素材も木か鉄に気がられていたわけで、
もしかしたら安全上の問題として「車文化」が発達しなかったのかもしれない。

「1867年に車輪の外周にゴムを取り付けるようになり、それまでの金属、木の車輪から脱皮する。当時のゴムタイヤは空気入りではなく、ソリッドゴム(総ゴム)タイヤであった」

wikiにあったゴムタイヤの初めて物語だが、
日本の幕末期というもの興味深い偶然である。

ゴムが当時要しない限り、車は本当の進化が出来なかった。
日本か新しい国に生まれ変わろうとした時、
車の革新が始まるわけで、新しい物流形式の始まりでもあった(んだよね^^)


しかしリヤカーの上に小さな家を乗っけて、それを店とするという屋台。
実に面白い文化だ。

2013年3月13日水曜日

たまご



PCに保存してあるイラストをとにかくブログにアップし直さなくては。。。。

かなりの数、スキャニングもせず知らない人にあげちゃったんで、総作品数が把握できない。

管理不足が悔やまれるが、あげた相手が今どこにいるかもわからない以上、今となってはどうしようもないんだけど、
僕が有名になれば必然的に作品がどこにあるかが分かる筈。

世の中、そういう仕組みなんで、焦らずじっくり自分の世界を極めるしかない。


この作品はPCに積んであるフォントで絵を描けないかと実験したもの。
他愛ないものなんだけど、けっこう気に入っている。

この絵の何がどうなんて説明するのは野暮なんで、勝手に理解してくださいな。

【TPP問題】日本の進むべき道【その波紋の大きさ】



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先日アップした二部構成の動画をひとマトメにしたもの。
限定公開です。

本来はこの形で見て頂くのがベストなんですが、一時間を超える動画は敬遠されがちなので、ブログからしかアクセスできない形にしました。

ニコ動にアップした同様の動画は予想通りコメが荒れています。
up主としては実にバカバカしいレッテル貼りの数々と思うのですが、二年近く【TPP反対論】を支持し、
TPPは【巨悪】と信じ込んでしまっている人には、小泉進次郎氏の発想は許容しがたいものがあるのでしょう。


もともとはグローバルビジネス主催のG1新世代リーダー・アワードで進次郎氏が発言した部分を抜粋し、それをメインに作品化したものなんですが、
普通の感覚があれば進次郎氏の【了見】だけは理解できると思うんですが。。。。

動画内ではあえて指摘していませんか、そもそもTPP反対論者の主軸は「民主党政府なんかにその交渉能力はないだろ」であって、
つまり裏を返せば、日本に強い交渉力があればTPPもあり得るというのが理屈の筈。

アメリカがどうしてそもそも小国間の貿易協定に首を突っ込んだかと言え米国の国力が落ちたのが原因であり、
2006年に発効されたものの、2013年春に至っても【正規の協定は決定していない】のがこのTPPであり、
2011年の311、あの大震災が日本を襲わなかったら、今頃はTPPは機能を発揮していた筈で、
では何故、今のようなグズグズ状態が続いているかと言えば、
やはりこの協定には日本が参加しなければ意味がないわけで、
しかし国際間の協定であり、つまりは「静かなる現代戦」なので露骨に。
「この協定の主役(カモ)は日本様であります」ともいえない。

アメリカ政府は当然、安倍政権に裏から圧力をかけていると想像はできますが、
日本の潜在能力の高さを世界で一番知っているアメリカは強引に参加しろともいえないし、じゃ、もういいや、と、拒絶もできない。

つまり今現在、このTPPに関しては微妙なイニシアティブを握っているのは我が日本国であって、
今の国際間のチカラ関係をうまく利用したら、TPPの交渉は日本に有利に動くかもしれない。

自民党が総選挙時に挙げていたTPPに関する公約を絶対に曲げないのであれば、
それでもアメリカが「交渉に参加しましょうよ」というのであれば、革命的にTPPの内容が変わる可能性すら秘めている。

また現行において決定しかかっいる条項が本決まりになって、日本がそれを不服として離脱できたら、
今度は新しい枠組みで、日本が発案する新TPPを改めて各国に持ちかければいいのであって、
どうして反対派はそこまで頭が回らないのか?

僕は不思議に思うのは、戦後の日本がそれほど外交に弱かったか?
ではどうして80年代、世界一の【夢の国】を満喫できたのか?
裏に東西冷戦があったとはいえ、やはり日本は「結果的に得をとる」のが巧いのではないか?
60年安保の時、あれだけ騒いだけど、余分な国際紛争に直接巻き込まれる事はなかった。
確かにその為に自主独立という夢は遠のいたけど、果たしてそれが日本人にとって不幸であったか?

湾岸戦争の時、冷戦時代の風習にならって金だけ出して国際貢献したら、世界に叩かれた。
そして強引ではあったが国会が自衛隊の海外派遣を認め、
「顔の見える自衛隊」を改めて世界に知らしめた時、各国の軍人、または派遣先の国民に日本の自衛隊の優れた規律正しさを理解してもらい、
敵と認識すれば子供でも殺すというアラブ諸国すら、自衛隊にだけは手を出さなかった。


どうも不思議なのは、ネットをメインに活躍している素人やプロを含める論客は右も左も関係なく、この世界評価を無視して、いまだ日本は「世渡りの下手な田舎者」として論を張る。
そもそもこのスタートラインがおかしいのであって、この自虐感覚で大きく国益を削いでいると思う。

ゴリラスノボー



もう五年近く前かな、よく行くスナックで知り合った若いスノボー愛好者がぜひ描いてくれと言われて筆をとったイラスト。
チームのTシャツとかに印刷したいとか言うんで、珍しく「知らない人の受注」に応じたものなんだけど、
あの野郎、完成作を「購入しない」まま、行方が知れなくなった。

別にいつも美人画ばかり描いていたわけじゃないので、気買い物以外は基本、何でも描けるんだが、燃えない。。。
決まった形を右から左に移すような作品ってのにあんまし興味が無くて、この手の絵も描けるけどあまり描く気もしない。

まあ、プロじゃないのでグレードだけ落とさなければ、好きなものだけ描いててイイと思うんだけど、
たまに頼まれれば、無理なものも描いてはみる。

実はこの完成作に辿り着くまで三枚の構図を提出した。

最初はこれとこれ。



んで、全身が写っていた方がイイというんで、ハイ出来上がりと思ったら、
「動きが欲しい」と注文を付ける。

面倒だったけど言われればそうするしかないんで、



を、描いたんだけど、スノボーも描いてほしいというから一番上に紹介した図になった次第。

ここまで指示があって、気が付けば本人の姿が見当たらない。。。

嗚呼。

だから最初に言ったんだよね。
描く時はこっちも本気で描くんだよって。

若い時は自分の価値観を信じすぎる。

まっ、それが自分の世界だけで終わるのなら、別に個人の勝手だけど、
人のものを頼んでおいたらとりあえずは【ケツ】だけは拭いてほしい。

だけど僕も若い時はたくさんの不義理をして信用を無くした経験があるから、別に彼を責める気もない。

責める気はないけど、作品は受け取って欲しかったね。




【小泉進次郎12】被災地と共に【命のリレー】



進次郎国会質疑リスト 進次郎まとめ動画リスト ゲル様国会質疑リスト ゲル様まとめ動画リスト


先日アップした三部作を一本にまとめた動画です。
限定公開(アドレスを知っている人だけが観れらる設定)してあるので、youtubeでいくら検索しても引っかかりません^^。

動画サイトは一般的に長い作品は敬遠されがちなんで、
それに三部作として同じ動画が三本アップされているのでこういう形で公開します。

この作品は三部作の途中の一本を観ても「単なるダイジェスト」にしか感じられないと思うんですが、
こうして一本の作品としてご覧いただくと冒頭の小泉進次郎氏の演説、
「古い自民党に討ち入りをする」というセリフが生きてきます。

また、だからこそ、政党や議員の垣根を越えて被災地支援だけは続けなくてはならないという彼の【思い】が伝わる筈。


テレビではどうしても時間制限という壁があり、
せっかく取材しても切り落とされるエピソードも多く、
この動画でも紹介しているニュース映像では「進次郎が現場で出会った庶民」の姿がエキストラ程度にしか映されません。

これは別にメディアが偏向しているという事ではなく、
僕だってテレビ局のディレクターならそこんとこは泣く泣くカットしているでしょう。

動画編集をしていて、必要と感じるシーンってのは、編集の基本を分かっていたらほぼ似たり寄ったりなんです。
問題はどの媒体で公開するかであって、テレビのように秒刻みで膨大な金が動く世界では「切りつめて切りつめて編集」するしかない。

また万人に見てもらうという最低条件があるのでテロップやナレーションで映像を補足する。

多くの人はそこら辺の基本がわかっていないようで、
ちょっとでも気に入らない編集がされているとすぐに変更だ捏造だと騒ぐわけですが、
テレビ局のディレクターのすべてが「報道に関心を持っている」わけではないのです。

中にはドラマをやりたかったディレクターもいるでしょうし、スポーツをメインにしたかった人もいる。
しかしテレビ局という巨大祖組織では【人事】というものがあり、必ずしも社員の希望する部署に配属されるわけではない。

こうなるとネットを利用して時事関係の映像を再編集する【僕の様な物好き】の方が、創作の立場からすると実に有利なんですね。
しかし直接取材をしない、出来ないという不利もある。


この動画で描かれている進次郎氏の姿も、ネットに素材が存在する【映像】を継ぎ接ぎしただけであり、何も真実は語っていない。
それをよく理解して作品をご覧になって頂きたいものです。


また、東日本大震災以降、僕は動画には極力主観を混ぜないよう努力しているので、
確実な情報がない限り、余分なテロップ入れていません。
例えば、動画内で放射能の数値を語るシーンがあるのですが、
動画を観る限りその単位がなんであるか分らない。
だから作品内ではその【単位】を示さないまま繋げてあります。
ご理解のほどお願いいたします。

相良凧


youtubeが高画質長時間動画のアップロードを許してから、やたら長い動画が増え、それをいちいちPCにダウンロードしているのだから、これだけで時間がかかり過ぎる。
また、動画サイトで内容をチェックするより、編集ソフトで「使えそうなシーン」を抜粋した方が確実に素材を集められるので、
とにかくそれっぽい動画はダウンロードしまくる。
PCに動画データを取り込むと当然、HDの容量を圧迫するので、また「一時ファイル」として当方が意図していなくてもデータが蓄積しまくる。
PCは余分なデータが一定量以上増えると、動作にも影響が出るので定期的に、いや、頻繁に【ゴミ】を完全消去しなくてはならなくなる。
10分くらいの動画を作るのであれば、上記の作業は比較的少なくて済むんだけど、
全長一時間の動画になるとやらなければならないことが増えすぎる。

またバラバラのデータを繋げるのでオリジナル素材の音量がまちまちで、その調整にもかなりの時間を要してしまう。

映像作品って、実は【音】が肝なんだけど、多くの人はそこら辺をわかっていない。
ニコ動なんかでも上手なMADをたまに見かけるが、音まで神経を使う人はかなり少ない。
音量調整が悪いと、どんなにキレのいい映像も【素人】っぽく見えてしまうんだけど、
ここら辺は作者の心配りの問題なので、他人の動画をとやかく言えることでもない。

しかし実際、こういう面倒な手間をかけるのが好きな性格なので、今までは苦にはしていなかった。
だけど動画制作は想像以上に目を酷使するので、目脂(めやに)が出まくる。

そろそろイラスト制作を本格的に再開しようと考えているので、この目の酷使はデメリット以外の何物ではなく、だから先月で好きなパチスロは「ほぼ引退」することにした。
動画制作も同様である。
いろんな理屈をつけて「動画制作中止」を語ってはいるのだが、ホントのところは目を守りたいというのが第一の理由。
そして時間の確保。

政治系マトメ動画は作っていて意外に楽しいのだが、素材はあくまで「誰かの作品」なので、ここら辺もちょっと納得できていない。
本当なら、自分でカメラを担いで取材に出かけるべきだが、あいにくそういう余裕もない。



そういう意味において、イラストはすべて自分の手によるものなので、完成した時の満足度は高い。
やはり僕の性格では、いちから自分の手による作品作りというのがあっている。


今回紹介するイラストは地元相良町がゴールデンウィーク中に開催する「凧揚げ大会」の為に描いたもの。
もう10年以上前の作品なんですけどね。

真っ白な和紙が貼られた凧に描いたので、いつものペンを使えず、下描きもできなくて、一発勝負で筆を使っての作画。
色を塗る際も思った以上に絵具が滲んじゃって困りました。

でもなんとなくこういうバカバカしいイラストって好きなんですよね。

しかし我ながら絵は上手いが字が下手だ。

とほほ。。。

2013年3月12日火曜日

【TPP問題2/2】日本の進むべき道【進次郎の了見】



進次郎国会質疑リスト 進次郎まとめ動画リスト ゲル様国会質疑リスト ゲル様まとめ動画リスト

さて、後半は『進次郎編』である。
本当はこれを作る為に、その前段として集めた素材があまりにも多く、
結果的に『さまさまな了見編』が出来たわけだが、
今の時代にリアルタイムで見る視聴者にとっては「単なる総集編」でしかない。

さまざまな論客がTPPに関してはもっと踏み込んだ発言もしているのだが、そういうところは意識的に外した。
この動画を20年後に見た人は中野剛志という人は、単なる「キレたオッサン」にしか見えないかもしれない。

TPPの問題点は前編で使用した小野寺五典議員の説明で十分に分るし、いろいろな人が同じことを言っている動画を並べても仕方がない。

どうしても反対派の声が大きくなるのは、この手の社会問題では仕方が無い事なんだけど、
デキたら賛成派(推進派)の意見も聞きたかった。

しかしネットを漁っていても「作品に使える素材」が見当たらない。

もっとも推進派の人たちは、あまり自分たちの意見を発信しすぎると「商売に影響する」ので、なかなか本音の部分は言えないのだろう。

僕はそういう商業主義は決して否定しないので、致し方が無い事とする。


今回の後編、ぼんやり見ていると「小泉進次郎自論大会」のようになっちゃうんだけど、
前編を見てからこれを見ると、進次郎氏がどうして「交渉のテーブルに着くことを主張するのか」が大体分ると思う。

彼は「まず交渉のテーブルについて、個別具体的に話し合いたい」わけで、伝聞情報が世間にも政治家にも蔓延しているところでは、
「正しい議論は成り立たない」と考えているのだろう。

彼はあくまでリアリストであり、しかし同時に天性ながらの人間性によって「人というもの」をひたすら信じようとする。

TPP絶対反対論者たちは、少しでもTPPに理解を示しただけでその相手を【敵】と認識してしまうらしい。
まるで識別コード、ワイバーン(wyvern)である。

相手を敵と判断すると、もうその相手は人間ではなく【敵】という生物として認識するらしく、
進次郎氏は「交渉に参加すべき」と言っただけで、推進派と拡大解釈をしちゃう。

進次郎氏の映像資料をつぶさに見ても、交渉に参加したらそれは即その協定(条約)を受け入れるとは言っていない。

震災被災地の視察ですら、被災住民に「辛い政治的判断もしなくてはならない」とはっきり明言する人だ。

なのに、話し合いをしたら、それはつまり相手と関係を持ったことだとか、
お前らはお見合いしたら絶対結婚しなきゃいけないと信じているのか?
っと、言いたくなる。

僕はどうしても管直人氏がイニシアティブを握るTPP交渉は危険なものを感じるし、それは野田佳彦氏も同じことで、
あの人たちのようになんかあるとすぐに目が泳いでしまう人に本格的な外交交渉は出来る筈がない。

しかし安倍晋三氏のように一度地獄を見、そして這い上がった総理は話が別で、
実際に海外でも安倍政権が樹立すると予想された段階で市場は反応し、各国の首脳陣も安倍にターゲットを向けた。


そもそもTPPの中身は正式に決定されてはいないし、ほとんどは伝聞情報であって「各国の本当の腹」は交渉のテーブルに着かなくては見えてこない。

進次郎氏は「戦う前に勝手な結論をつけるオールドタイプ」がお嫌いのようで、
彼が戦おうとしている「古い自民党」というのも、つまりは過去に縛られている人たちの事を指す。

言葉としては「古い体質を突き破る」となるが、それはあくまで個々の考えの新しい古いの話であって、年齢の事を指しているわけではない。
ここら辺もオールドタイプは誤解しているようで、進次郎氏にとっては最新の伝達システムを使ってネットワークを作っているネット系保守すら【過去に縛られている者たち】になるのだろう。


進次郎氏は子のTPP問題を通して、いろいろな人の腹を探っているようだ。

実に生まれながらの政治家である。

【TPP問題1/2】日本の進むべき道【さまざまな了見】



TPPである。
英語ではTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement、
日本語だと環太平洋戦略的経済連携協定っと、まあ、何とも分かったようなわからない長い名前になっちゃう。

最初は2006年5月28日、小国四か国だけの協定で、
太平洋を挟んでってことでTrans-Pacificとつけたみたいだけど、
アメリカがこの【話】に首を突っ込んでから、状況はややこしくなる。

まるで空き地の使用権を巡って子供たち同士である種の協定を結ぼうとしたら、そこに突然、ジャイアンがやってきて、
「俺様も参加させろ。ついでにのび太も参加させようじゃないか」
と言ってきたようなものである。

ジャイアンの目的は「のび太が空き地を使う時は、俺さまが使う」という実にわがままな話で、
その先には「のび太の友達の、不思議な道具をなんでも出せるドラえもんの四次元ポケットの独占」を狙っているらしい。

ジャイアンは暴力的であるが、一方、そういう部分の頭は回る。

野火家としては、ママは、
「そんなくだらない協定なんか参加せず、家でお勉強をしなさい」と言い、
パパは「男の子は外で思いっきり遊べ。その為にはいろんな交渉術も磨け」と主張。
居候の身でありながら、もっとも色々な人から好かれているドラえもんは、
「どうせまた、ジャイアンに泣かされて、僕に頼ってくるんだ」と好物のどら焼きを食べながら、四次元ポケットの手入れに余念がない。

スネ夫はこの協定以前に、ジャイアンとは別の協定を結んでいて、結果的にいいように家来にされている。
だから当然、この話には冷ややかである。

デキ杉君は一度は話に誘われたが、空き地で泥だけ羅家になって遊ぶというタイプでもなく、また、生活サイクルも違う。
彼の付き合うインテリにかまでは今、金銭問題で別のトラブルを抱えており、ジャイアンの提案など眼中にない。

しずかちゃんは何のメリットがあるのか分らないが、先日、話し合いに参加させてくれと申し出て、
「のび太さんはどうすんの?」と聞いてくる。

肝心ののび太本人なのだが、最近はネットゲームに嵌っていて外で遊ぶ時間が勿体ないと感じている。
しかし決して外で遊ぶのは嫌いではなく、しかし天敵ジャイアンには常にひどい目にあわされているので、この話には二の足を踏んでいる。

日頃はドラミちゃんに「僕は強い男になるんだ」と調子のいいことを言い、ドラミちゃんも「のび太さん、ファイトっ」と声援を送っているが、内心は「なに駄法螺かましとんねん」と思っている。

のび太にその交渉力があれば、とりあえず話し合いだけには参加する、という選択もあるのだが、
今までのジャイアンとの人間関係を思い出しても、一度は二試合に応じたら、完全にいいように丸め込まれてしまうのは火を見るより明らか。

簡単な話、のび太がしっかりしていれば、話し合いに参加したって、あとで納得がいかなかったら、この協定からは離脱できるのだ。

2013年3月8日金曜日

デジタル


あんまりうまく描けてないんだけど、実はこれ、
デジタルがないとできない表現になっとります。

というのも、右奥の傘をさした男性の【影】、これは水性絵具では無理なグラデーションでありまして、
こういう【手描きではありえない色使い】を実現できるってのは、確かにデジタルの凄いところであります。


これも同じテクニックで「薄暗い場所」を再現してみたもの。
確かにデジタルは「絵の表現の可能性を思いっきり広げた」という意味では画期的な事であり、
若い子たちがデジタルペイントに嵌るのも分からんではない。

1980年あたり、ジョージ=ルーカスが『スターウォーズ 帝国の逆襲』の日本公開前後、
ロードショーという雑誌に「ハイビジョンの可能性」を語り、
「いずれはフィルムはなくなる」と予言していたが、
あの当時としたら夢物語であり、
あの頃は映画とテレビの違いは、
「家の中で見る小さなブラウン管」と「暗闇でフィルムに光を投射し、スクリーンに映る影」であると、
多くの識者は認識していたと思うが、ルーカスの目は既にもっと先の未来を見据えていた。


80年代の僕と言えば、ひたすらデジタルに憧れていた節があり、
塗った絵具が乾くまで待たなきゃいけないとか、
そういうアナグロな作業にうんざりし、
データでチャッチャと始末すりゃいいんだ、と、安直に考えていた。

しかし90年代中頃、無理をして買ったpowerMacでイラストを描いてみたら、実に下らないと気が付き、
すぐさまデジタル制作は放棄。

ただ、photoshopを使ってみてよかったのは、レイヤーという概念が実に創作には有効と理解したこと。
ようはアニメのセルのように、絵を重ねて新しい表現をするって事なんだけど、
photoshop導入以降の僕の絵は、Pだったら簡単に重ねられるものを、
あえて手描きで再現するようになった。

コンピュータであれば簡単な事でも、人の手で再現すると難しい。
だから多くの人は「楽」なデジタル処理を選ぶんだけど、
僕はあえてその逆の発想をした。


写真で物の大きさを表現するのに、よくタバコなんかが使われたけど、
どうも僕はあれがいやなんで、庭にあったよく知らない植物の上にイラストを置いてみた。